Last updated: August 18, 2001

『通訳・翻訳ジャーナル』 2001年11月号

日本通訳学会特別企画
通訳の世界を広げる
現代通詞考

第7回 ドイツ語通訳の現状と課題

相澤 啓一 (あいざわ けいいち)
筑波大学助教授
日本通訳学会理事
 

「非英語諸言語」を取り巻く状況

日本で通訳を論ずるとき、当然のように日英両言語間の話題が中心となってしまうのはやむを得ないのかもしれない。英語以外のドイツ語、フランス語、ロシア語、韓国語といった言語(これをここでは「非英語」とまとめることとしよう)については、信頼のおける会議同時通訳者の数はいずれも日本国内に10名からせいぜい20名といったオーダーであって、これら非英語諸言語の通訳者をすべてあわせても、英語通訳者総数のやっと1-2割程度と考えて大きくは違ってはいないように思われる。

とはいえ、日本における英語中心主義はかなり極端なようである。例えば EU では、英語に限らない多様な語学教育が初等・中等教育段階から自明の重要性を持って行われており、ヨーロッパ諸言語についての約 5000人の同時通訳者を始めとする翻訳業務にその総予算3%が充てられている。それに対し日本では、英語以外のさまざまな言語の重要性に関する認識は低下する一方であって、国際化が進展すればするほど英語以外の語学が軽視され、グローバル化に伴って非英語諸言語の語学教育が沈没するというパラドックスが進行しつつある。「何でも英語で済まそう」という程度の希薄な認識しか持たない自称「国際人」は依然として多い。こうして、ドイツ語を含む非英語諸言語の通訳者は、生活設計から通訳養成にいたるまで、英語通訳者とはかなり異なる問題と困難を共通に抱えることとなるのである。

ドイツ語通訳をめぐる現状

日本に暮らすドイツ語通訳者の大半は東京と大阪を中心に活躍しており、特定の通訳・翻訳会社と専属契約を結ぶのではないフリーの通訳者がほとんどであって、互いに互いをよく知っている。日本国内におけるドイツ語通訳者の場合、勉強会などを通じて作られてきた連帯の絆が強く、多言語会議などで他言語の通訳者と一緒に仕事したりする機会があると、きまってドイツ語ブースの和気藹々とした雰囲気が評判になるほどである。むろん過度の馴れ合いがプロの仕事と相容れないことは言うまでもないが、ドイツ語通訳の世界では、親密な人間関係が訳語や情報を交換したり若手を育てたりしてゆく上で極めて重要なファクターとなっている。

ドイツ語通訳者の数は近年かなり増えてきたとはいえ、依然として限られている。そのためドイツ語関係の会議が同日に3つか4つ重なる「繁忙期」には、通訳者不足は極めて深刻なものとなってしまう。その意味では通訳市場に参入するチャンスはまだかなりあると言えるが、しかし逆に「閑散期」には、フリーの通訳者は翻訳など別の収入源の確保に努めなくては生活してゆくことができない。このようにドイツ語通訳とは、市場が小さく、雇用が不安定であり、よい仕事ができなければ即座に次の契約受注に響くという大きなリスクを抱えた職業でもある。ドイツ語通訳専門で生計を立てられる通訳者の数が未だ限られているゆえんである。

ドイツ語の通訳市場がなかなか広がらない一つの大きな理由は、英語との競合にある。とりわけ経済や自然科学分野の日独会議では、通訳を介さず国際コミュニケーション語たる英語で直接やりとりするケースも多い。わざわざドイツからゲスト講演者を国際会議に呼んだりテレビでインタビューしたりする際にも、ドイツ語を母語とする人間に英語で話をさせるというケースが稀ではない。しかしながら、極めて多くのドイツ人にとって英語はあくまで異言語に過ぎず、英語でのインプットもアウトプットもかなり苦しいケースが少なくなく、にもかかわらず英語の使用を要請されると当人のプライドもあって拒否できない場合が多いため、安易な英語使用の提案が会議全体にとって不幸な結果をもたらすことが少なくない。国際標準語としての英語だけで会議が行なえるなら確かに費用節約となるわけであるが、「なんとか英語も分かります」程度の日本人と、ドイツ語訛の強いたどたどしい英語を話すドイツ人とが、英語でビジネス交渉を始めたために話をこじらせ、結局ドイツ語通訳が呼ばれて行ったときには既に両者の関係は険悪なまでに冷え切っていた、などという笑えない話も珍しくない。

さらに、日独間の会合で英語が使用され英語通訳者によって訳される場合、例えば5%条項とか職業教育の話題など、ドイツ語圏の事情をよく知らない英語通訳者が問題の所在そのものを理解できずに苦しんでいる姿を見るケースも少なくない。例えば政党名を聞いて具体的イメージを持てない通訳者に内容的焦点があった通訳は望めないし、場合によると、英語通訳者が人名・地名などを英語読みでアウトプットしてしまうことから、ドイツ発の情報が日本では英語を通した形に変形して定着してしまうことも稀ではない。せっかく Dunkles Bier (=黒ビール)が日本市場で売り出されても 「デュンケル」 などという「うぬぼれ(=)」た商品名に変形してしまうようなケースはあとをたたないのである。

ドイツ語通訳者養成の課題

大学教育に関して言えば、第二外国語を学ぶのが大学入学後という憂慮すべき状態が日本国内では全く改善されないため、大学におけるドイツ語通訳者養成など夢物語であって、学習院など一部大学で行われているドイツ語通訳入門の授業も実践レベルとは大きな開きがある。ヨーロッパにはハイデルベルクやジュネーヴ、ヴィーンなどにドイツ語関連の通訳・翻訳学科のある大学があり、通訳コースの学生は高い逐次・同時通訳能力を身につけて卒業してゆくのであるが、そこでは残念ながら日本語は対象外である。

ドイツ語通訳者を養成する通訳学校もまだ存在しない。実践的なドイツ語通訳者養成の訓練コースは、目下、東京ドイツ文化センター(Goethe-Institut Tokyo) における通訳・翻訳コースに限られるといってよいだろう。ここでは、ドイツ語の語学力に関して相当レベルに達していると認定された参加者が受講しており、その中から現在第一線で活躍している通訳者が何人も輩出している。とはいえ、東京ドイツ文化センターでは系統だったカリキュラムが存在しているわけではなく、日本人スタッフを中心とした非常勤講師による週一回の授業が何コマずつかバラバラに開講されているに過ぎないため、これらコースの受講だけを通して受講生がプロの通訳レベルまで達することを期待するのは難しい。むしろそこでの各授業は、さまざまな勉強法を試行する中で自らトレーニングしていく上でのヒントやきっかけ、刺激や情報を得るためのものと考える方がよいようである。

ちなみに東京ドイツ文化センターは 1997年に「日独通訳技能検定試験」を見切り発車的に立ち上げたものの、ずさんなコンセプトによる試験を実施したった一名「合格者」を出したまま、立ち消えとなって現在に至っている。この唯一の合格者に対する検定合格証の授与すらなされていない。ここ十年ほどドイツ語通訳養成という課題を一身に担ってきた東京ドイツ文化センターではあるが、その抜本的な体質改善が強く望まれるのみならず、ドイツ側の在日文化機関に依存する形での通訳者養成構造の限界が強く感じられる状況となっている。

このように、ドイツ語の通訳者養成制度が英語とは比較に比べて大幅に立ち後れていることは、何より市場の小ささによって決定づけられているが、それを補うべくドイツ語の場合は、優れた通訳者の善意に支えられたゆるやかな連絡網が自然発生的に形成されている。むろんそうした小さなギルド的な職人組織としての長所は、前近代的組織につきものの短所の裏返しでもある。規約も帳簿もないゆるやかな人脈に過ぎない通訳者ギルドは、もし仮にそこで誰かが牛耳ったり派閥抗争が生じたりしたなら、すぐにも全体のレベルダウンをもたらしかねないほどの脆い存在でしかない。しかし幸い現在のところそうした危惧は全く杞憂であって、東京と大阪のそれぞれ最も信頼性の高い通訳者が手弁当で通訳後継者養成の定期勉強会を立ち上げており、ここ数年のドイツ語通訳のレベルアップに大きく貢献してきた。多少性格は異なるが、ドイツのベルリン日独センターにおいても同じような勉強会が続けられており、後継者養成のみならず、日独の様々な分野における交流に必要な訳語作成のような作業も、そうした場において活発に行われてきたのである。

とはいえ、政治・経済・文化交流のみならず、環境保護や社会保障や歴史認識などのさまざまな個別分野において、日欧間のコミュニケーションは本来もっとずっと太いパイプで行われて然るべきところであって、そうした潜在的受容に応じられるほど質的・量的に十分なドイツ語通訳・翻訳者が活躍しているとは残念ながら言えない。ドイツ語に限らない非英語諸言語の通訳・翻訳者を組織的に養成してゆくためには、やはり本来であれば、大学院レベルでの専門的な言語教育組織の立ち上げと、従来の文学系中心のスタッフやカリキュラムとは異なる高度かつ実践的な語学教育の実現が強く望まれる。その意味で、非英語諸言語の通訳・翻訳者養成を実践的職業教育として行なう修士課程を設立する大学が21世紀の早い時期に一つでも登場し、極めて高い能力を持つドイツ語通訳・翻訳者がたとえ少数であれコンスタントに供給されてゆくようになることが、日独間、ひいては日欧間の、相互理解・国際交流のための焦眉の課題となっている。
 

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[執筆者プロフィール]  筑波大学助教授。東京ドイツ文化センターにおいて1994年より通訳翻訳コースを担当。日本通訳学会理事。通訳に関する論文として「異文化間コミュニケーションにおける通訳者」(月刊 『言語』 Vol. 26-9: 特集 「通訳の科学」 1997年8月)。
 


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