Last updated: December 7, 2002

『通訳・翻訳ジャーナル』 2002年4月号

日本通訳学会特別企画
通訳の世界を広げる
現代通詞考

第12回 談話分析とメモ取り技術 (1)

永田 小絵 (ながた さえ)
獨協大学専任講師
日本通訳学会理事

1. 言語コミュニケーションと通訳
私たちは毎日、言語によるコミュニケーションを通じて、他者と関わり合いながら生活しています。メッセージを受信し(受け取り)、理解し、相手に対して発信する(語りかける)コミュニケーション行為は、どこにでも見られるありふれたものだと言えるでしょう。受信・理解・発信する内容がごく日常的なものであり、用いられる言語が双方にとって母語である場合には、特に困難を感じることもなく、ごく自然にコミュニケーションが成立しています。しかし、言語コミュニケーションは、時にはそれほど容易なことではありません。たとえば、同じ職場にいる者どうしでは相互理解にきわめて効果的な言語表現が、他の業種に属する者にとっては全く理解できないこともあるのです。

言語表現のあり方を決定づける要素には、話し手の性別、年齢層、社会階層、職業、出身地、使用する言語や社会文化および生活習慣など個人に属するものもありますし、コミュニケーションが行われる場所や目的、誰を相手にしているのか、などのコミュニケーション環境の問題、そしてもちろん何を伝えるのかという談話の内容も言語表現を決定する重要な要因となります。

これらの要因によって相互理解は容易になったり難しくなったりするわけです。たとえば日本語を母語とする中国語通訳者どうしが最近一緒に行った仕事について話をするような場合、コミュニケーションを阻害する要因はきわめて少ないと考えられますし、逆に聞き手に対する配慮のない話し手が、高度に専門的な内容について自分勝手に早口でまくしたてるような場合には話の内容がほとんど理解されないこともあり得るでしょう。

さて、一般的な異文化または異言語間コミュニケーションに関する研究で主に問題とされているのは個別言語の習慣や地域ごとの社会文化の違いですが、通訳という異言語間コミュニケーションの実践において、私たち通訳者がしばしば実際的な困難を感じるのは、言語や文化の違いよりも、むしろ社会方言(若者ことば、業界用語などの社会的な言語習慣の違い)や談話の内容ではないでしょうか。通訳者は自分の作業言語とその言語が用いられている国や地域の歴史や文化については比較的熟知しています。しかし、話し合いのテーマに関して万全の知識を持っているとは言えない場合も少なくありません。全くなじみのない分野に関する話を理解して、適切に目標言語に転換して伝えるという言語コミュニケーションは、通訳以外の場では見ることのできない特殊な行為であると言ってさしつかえないでしょう。
 
このように、通訳(あるいは翻訳)という言語行為の特徴の一つとして、自分の言いたいことを言うのではなく、他人のメッセージを伝えるということがあります。メッセージを受信する段階において通訳者が行うべきことは、話し手のことば(起点言語)を受信した後、次に自分がどう答えようか(何を発信すべきか)と考えることではなく、受信した内容を適切に理解し、聞き手のことば(目標言語)で伝達する準備(転換)をすることです。通訳のもっとも基本的なモデルは、話し手の表出した音声を聴取することで起点言語を受信し、分析と統合によってメッセージを理解し、目標言語に転換し、目標言語で表出してメッセージを聞き手に伝達するプロセスです。最終的に話し手のメッセージを目標言語で再現する必要があるので、逐次通訳では理解すると同時にその内容を記憶にとどめ、さらに転換作業の一部を行って、最終段階の音声表出に備えることになります。同時通訳と異なる点は、準備段階に当てられる時間の長さと、最終的なデリバリーに移るまでに「半製品」あるいは「未完成品」的な形で記されるノートが活用される点にあります。

2.  談話の理解と分析
通訳は談話を理解することから始まります。談話の内容を理解できなければ、その先にあるノート・テイキングも転換も訳出もすべて不可能なのです。したがって、ノートが取れないから訳せないと考える前に、まず起点言語テキストを聞いて理解できているのかを確認しなければ問題の所在を明らかにすることはできません。
談話はテキスト(その場で話されたこと)とコンテキスト(話の背景にあるもの)の両方から成っています。話を理解するには、テキストで用いられている語彙と文法さえわかればよいというものではなく、受信する側のテキスト外の知識(一般常識、背景知識、専門知識、場に関する知識等)に大いに依存しています。私たちが話を聞いて理解することができるのは、単語が聞き取れて意味が分かり、それを組み立てている文法規則を知っているからというだけでなく、その談話がどういう場所で何を目的として誰を相手に話されているかに関する知識や、既出の情報から後続の情報を推測する能力も重要な要素となっています。つまり、談話を理解するときには、ボトムアップ式の理解(音<単語<句<文<文章と積み上げていく方法)とトップダウン式の理解(テキスト外の知識によって大枠から意味内容を決定づける方法)の両方が双方向的に作用しているわけです。つまり、理解力というのは、言ってみれば、いま話されていることと自分が持っている知識(言語に関する知識と)を適切に結びつけることができる能力のことだと言ってよいでしょう。

スピーチが行われているときに聞き手が受信するものには、言語情報(語彙や文およびそれらによって指示される事物とその提示順序、論旨の展開など文字に書き起こせる種類の情報)、メタ言語情報(音韻とその特徴=声の高さ、話の速度、ポーズ、強弱、イントネーションなど言語表現にともなって提供される情報)、非言語情報(話し手の表情やボディ・ランゲージ、あるいは服装や持ち物)があります。情報の受信者はこれらを統合して談話の内容を理解していきますが、通訳を行う場合に、これら多くの情報の中から目標言語で再現する内容を取捨選択する必要が生じます。メタ言語情報と非言語情報は談話理解に重要な役割を担っているとはいえ、通訳でオリジナルの音声や話し手の表情などをそのまま保持して再現することはできませんから、当然、非言語情報やメタ言語情報は通訳による伝達の対象とはなりません。これらは聞き手に直接とどけられます。

さて、通訳者は主に受信した言語情報にもとづいて聞き手に伝達すべき内容とスタイルを決定することになりますが(ここで「主に」と書いた理由は、時には個別言語の文化に特有のボディ・ランゲージが通訳者によって目標言語の中に言語情報として再現される場合もあるためです)、このとき通訳者が効果的な情報伝達について理解が浅かったり、通訳をすることに慣れていない初心者であったりした場合、往々にして情報伝達=語彙と語法の忠実な置き換えと捉えてしまいがちです。談話の表面的な構造を忠実になぞるためにはオリジナルのテキストを丸ごと記憶しなければならず、「もとの発言を忘れないため」に聞こえてきた語彙を必死で書き殴るという態度に陥ることになります。しかし、多くの文献が指摘しているように、このようなノートは「百害あって一利なし」、かえって通訳の質を低下させる結果を招いてしまいます。

では、通訳で伝えるべき情報とは何か、そして受け取った言語情報から何をどのようにノートすべきなのか、さらに具体的なノートの取り方はどのようなものになるのでしょうか。この肝心の問題については次回の原稿に譲りたいと思います。

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[執筆者プロフィール] 東京大学大学院総合文化研究科修了(言語情報科学専攻)。獨協大学外国語学部専任講師。アイ・エス・エス通訳研修センターにおいて1990年より通訳コースを担当。日本通訳学会理事。最近の通訳に関する論文として「逐次通訳ノートから見た談話理解の方策」(『通訳研究』Vol. 0 日本通訳学会設立記念特別号 2000年12月)。
 


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