Last updated: December 7, 2002

『通訳・翻訳ジャーナル』 2002年5月号

日本通訳学会特別企画
通訳の世界を広げる
現代通詞考

第13回 談話分析とメモ取り技術 (2)

永田 小絵 (ながた さえ)
獨協大学専任講師
日本通訳学会理事
 
前回の原稿で起点言語の理解をぬきにしたノートはありえないこと、さらに起点言語を適切に理解するためには、十分な知識が必要であることを書きました。通訳者が現場に行く前に周到な事前準備を行うことのは、まさに起点言語を十分に理解するためであるといえます。用語集を作成したり、原稿の訳しにくい部分に書き込みをしたり、数字に蛍光ペンでしるしをつけたりといった部分的かつ直接的なの準備もありますし、あるいは講演者の著者や過去のインタビュー記事に目を通す、クライアントから提供された参考資料や話し合いのテーマに関する入門書を読んだり、会議主催者の最近の動向をインターネットでチェックしておくなどの全体的かつ間接的な準備の方法もあります。これが前回の記事で述べた「ボトム・アップ」と「トップ・ダウン」の双方向の理解につながっていくことはご理解いただけると思います。
 
逐次通訳は「聞き終わってから訳す」と考えられがちですが、実際には起点言語を聴取している時点で通訳者の頭の中では同時にいろいろなことが起こっています。音を意味のある語句として認識し、文と文の接続関係をとらえ、自分の持っている知識と事前準備で入手した情報を参照して談話を理解すると同時に、常に目標言語で如何に表現するかを考えながらノートを取り、次に聞こえてきた起点言語を理解した時点ですでに組み立てつつあった目標言語の表現を修正するといった作業が常に交錯しながら頭の中で行われているのです。
 
同時通訳であれば、オリジナルの理解にもとづいて目標言語に転換し組み立てた結果を長く保持せずにその場で表出すればよく、逐次通訳であれば話し手が話し終わるまでの時間を利用してより完成度の高い目標言語を作り上げることになります。逐次通訳は「訳出を開始するまでに完成している」ということを頭に入れておいてください。聞き終わった時点でノートを見ながら「さて訳しましょう」とやおら腰をあげても効果的な通訳はできません。通訳スクールでも忙しく手を動かして大量に書き留めたメモを見ながら四苦八苦して何度も言い直しながら訳している姿を見ることがありますが、これでは話し手や聞き手にとって迷惑であるばかりでなく、通訳者自身もいたたまれない思いをすることになってしまいます。
 
さて、ようやく本題に入りますが、目標言語に直結するノートには、何を、どのように、どれだけ書くべきでしょうか。一般的に言って、必ずノートすべき内容として固有名詞や数字等があります。これらは文脈から容易に推測できず、長時間記憶することが困難であり、しかも意味を同じくする別の言い方に言い換えることもできないためです。次に重要なものとして、情報の中心となる命題(「何がどうした」、「何をどうする」、「何はどのようだ」……といったような主述関係)があります。さらに逐次通訳では数分間にわたる談話を一度に訳出する場合もありますから、話がどのように展開したのか(談話の構成)を示す接続関係もメモしておく必要があります。下記にノートの要領を具体的にあげていきましょう。

どのように書くか
1) 談話の構造を明示する図式的なノート:ディクテーションでもしているように聞こえてきた順序通りに何もかも書き並べたノートは、理解と分析のプロセスを経ていないノートです。話題の提示、説明と例示、エピソードの挿入等々と構造を把握しながら、その構造に応じて適切な位置に書き留めていきます。構造を反映したノートを取るために多くの通訳者は左上から右下に向かう縦方向のノートを採用し、トピックとそれに対するコメントはインデントを下げて示し、列挙された事柄は縦に箇条書き、話題の転換があった個所には区切り線を引くという方法をとっています。
2) 記号や略語を利用した省力的なノート: 記号や略語を使用することによって達成される効果は「省力化」です。ノートに要する時間を節約し、起点言語にも目標言語にも属さない表現形式を用いることで言語転換の労力を減らすことができます。特に繰り返し出現するキーワードや普遍的に用いられる地名、人名その他の名詞を略語で表すことは非常に有効な方法であると言えるでしょう。イメージを喚起する記号として、○印、×印、矢印、疑問符、感嘆符など、使いやすく、見やすく、わかりやすいもの(日頃から慣れているもの)を瞬間的な反応で書き記すことが重要です。一方、略語は漠然としたイメージではなく、一義的に訳語を確定できるものに用います。国名、地名、国際機関、その他の固有名詞、あるいは多用される一般名詞をアルファベットの略語で覚えておくとノートを取る際に非常に役に立つものです。

どれだけ書くか
これは最も個人差のあるところでしょう。個々の通訳者の知識量に支えられた記憶保持力をサポートするための外部記憶装置がノートであるとすれば、全くわかりきった話(たとえば社内通訳者が何度も繰り返し通訳している商品説明など)についてノートを取る必要は全くないといえます。

ノートの実例
最後に実際のノートの例を示しましょう。以下は上述のような原則にしたがって実際の通訳現場でとったノートです。左がノートの例、中央が訳出結果、右の欄は解説になっています。


 

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[執筆者プロフィール] 東京大学大学院総合文化研究科修了(言語情報科学専攻)。獨協大学外国語学部専任講師。アイ・エス・エス通訳研修センターにおいて1990年より通訳コースを担当。日本通訳学会理事。最近の通訳に関する論文として「逐次通訳ノートから見た談話理解の方策」(『通訳研究』 Vol. 0 日本通訳学会設立記念特別号 2000年12月)。
 


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