Last updated: September 8, 2001

『通訳・翻訳ジャーナル』 2001年11月号

日本通訳学会特別企画
通訳の世界を広げる
現代通詞考

第8回 海外における中国語通訳者養成

永田 小絵 (ながた さえ)
獨協大学専任講師
日本通訳学会理事
 

日本国内の中国語通訳者養成
一部の大学には「通訳」の名を冠した授業もあるが、通訳経験のない教員による指導、あるいは通訳経験があったとしても学生時代にアルバイトで数回やったことがある程度の教員による指導が多い。もちろん、中には通訳者として活躍していたという教員もいるが、ほとんどの学生が大学に入学するまでまったく中国語に触れたことがない情況では、大学3年から通訳を教えようというのは無理だろう。また、中日通訳については大学院での本格的な通訳者養成教育はまだ実現していない。そこで、国内での通訳者養成は民間の通訳者養成機関にゆだねられることになる。

都内のおもな中国語通訳者養成機関は3校あり、講師はいずれも現役の通訳者である。通訳訓練が民間で行われるようになった10数年前には、おもに中国に長期滞在経験のある日本人で、偶然の機会から通訳者になり、実践の中で通訳者としての能力を磨いてきた方々が講師をつとめていた。現在はこうした講師に育てられてプロとなった人たちが母校で教鞭を執る、というように世代交代してきている。民間の通訳者養成機関は PCO (国際会議運営業務請負会社)の下に運営されており、優秀な学生を通訳者としてデビューさせる役割も担っている。現在のフリーランス通訳者はほとんどがいずれかの養成機関で訓練を受けた経験があると言ってよいだろう。

受講者に目を向けると、プロ通訳者予備軍である通訳スクール受講生はほぼ 100パーセント社会人で、その多くがフルタイムの勤めをしながら夜間や土曜日に通訳訓練を受けている。実際の授業時間は週に2〜3時間程度、自宅での予復習は個人差が大きいとはいえ週に5時間程度であろう。さらに、通訳スクール入学時の言語能力は、中国語においてはかなり低いレベルから受け入れており、最も初級のクラスの場合、授業の内容も語彙力や文法力の強化から開始することになる。初級から学習を始めた場合、実際に通訳者として仕事を受けられるレベルに到達するまで数年から、長ければ10年かかることもある。新人通訳者の市場参入が難しいこともあり、中途脱落者は極めて多い(まがりなりにも通訳者として活躍できるようになる割合は1パーセントに満たないのではないだろうか)。

非中国語圏での中国語通訳者養成
海外の中国語通訳養成は当然のことながら中−日通訳に限らない。欧米、オーストラリアなどには中−英、仏、独……などの組み合わせで通訳訓練が受けられる大学院がある。中国語は日本語よりもずっとメジャーな言語なので、日本語を訓練対象としていない大学院にも中国語はあることが多いのである。大学院の通訳者教育は日本の民間養成機関とは異なり、ほとんどが修士課程での専門教育となるため、入学の時点で非常に高い能力を求められる。学生は、当然のことながら、フルタイムで勉強に専念し、2年間で集中的に通訳技能を身につけ、論文を書き、修士号を取得して卒業する(詳しくは『通訳翻訳ジャーナル』10月号「世界の通訳教育事情」を参照されたい)。

中国語圏では、おもに欧米で通訳訓練を受けた通訳者が帰国して、自国で会議通訳者として活動するかたわら、大学で教鞭を執って通訳訓練を行い、通訳者養成大学院を設立することが多い。こうして、中国語圏(中国大陸、香港、台湾)には、それぞれ専門の通訳訓練を受けた教授陣が中心となって設立した通訳教育機関が存在する。香港では昔から中英通訳者の養成が盛んに行われ、香港中文大学には翻訳学科および翻訳研究科が、浸会大学には翻訳学研究センターが、理工学院には中国語およびバイリンガル研究科が置かれるなど、通訳、翻訳に関する研究も盛んに行われている。

中国大陸に目を移すと、国連通訳者養成を目的とした、北京外国語大学高級翻訳学院で中英通訳者の訓練を行っているほか、同大学の国際交流学院では中日通訳訓練も実施されている。また、大連は昔から日本語教育の発達した地域で、大連理工学院からは中日対訳の同時通訳訓練テキストが出版されるなど、日本語と中国語間の通訳に関しても成果をあげている。台湾では国立師範大学および私立輔仁大学に翻訳学研究所(大学院翻訳・通訳研究科)が設置され、前者は中英のみであるが、後者では中日通訳訓練が行われている。ここでは本誌読者のために、日本人留学生を受け入れている中国語圏での中日通訳養成機関について以下に紹介しておきたい。

中国語圏での中日通訳者養成
中国大陸の語学教育は実践重視である。筆者は今夏、北京に 10 日間ほど滞在したが、ちょうどユニバーシアード開催時期に当たり、北京市内の大学で外国語を学ぶ大学3年生が総動員されて会場のボランティア通訳にあたっていた。日本の大学3年生に、ボランティアとはいえ実際に役に立つだけの言語能力があるかと言えば甚だ疑問だが、中国では大学生が長期休暇中に社会実習としてイベントのボランティア通訳や旅行ガイドをするのがごく当たり前のことだ。こうした実践重視の語学教育が通訳・翻訳教育を支えていると言えよう。さて、日本人が通訳訓練を受けられる機関として、上述の北京外国語大学の国際交流学院がある。ここでは 1年間の同時通訳訓練コースがあり、逐次通訳、同時通訳、サイト・トランスレーションなどの通訳訓練が受けられる。現在、沖縄県の委託を受けて通訳訓練を行うほか、個人留学も受け入れている。手続きは日本の旅行代理店からも行えるそうである。入学レベルは HSK8級以上または中国語検定2級以上と、さほど高いレベルではないが、日本国内でしか勉強したことがない場合はリスニング力不足が問題になるケースが多いそうである。ここは1年間の訓練コースなので修士号の学位を取得することはできない。

台湾の輔仁大学翻訳学研究所(大学院修士課程)では翻訳と会議通訳+翻訳の専攻があり、通訳専攻者は翻訳も必修である。通訳授業の大部分は実務に即した訓練だが、実際の通訳訓練以外に経済学やコンピュータ概論などの教養科目も受講する。通訳訓練では、1年次にはおもに基礎訓練と母語方向への逐次通訳を行い、徐々に第2言語方向への同時通訳に移行していく。2年次後半からは会議実習が始まり、教員と共にブースに入って会議業務を行うが、これは大学院に付設された通訳派遣会社が会議を受注していることから可能になっている。この時は学生も教員と同様の料金を取って仕事をすることになる。最終的な卒業要件はプロフェッショナル通訳者試験合格、学位取得要件は修士論文審査通過である。現時点では中国語と日本語の組み合わせで通訳・翻訳を専門に学び、修士号を取得できる大学院はここだけのようだ。
 

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[執筆者プロフィール] 東京大学大学院総合文化研究科修了(言語情報科学専攻)。獨協大学外国語学部専任講師。アイ・エス・エス通訳研修センターにおいて1990年より通訳コースを担当。日本通訳学会理事。最近の通訳に関する論文として「逐次通訳ノートから見た談話理解の方策」(『通訳研究』 Vol. 0 日本通訳学会設立記念特別号 2000年12月)。
 
 


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