Last updated: July 17, 2001

『通訳・翻訳ジャーナル』 2001年10月号

日本通訳学会特別企画
通訳の世界を広げる
現代通詞考

第6回 世界の通訳教育事情

鶴田 知佳子 (つるた ちかこ)
目白大学助教授
日本通訳学会理事
 

はじめに
「通訳になりたいのですが、きっかけとして外国の大学で通訳を勉強するというのは、どうでしょうか」――こういう問いを、すでに社会人として働いている方から受けることがあります。ほかの仕事についている人から通訳者が魅力的と思われるのは、自分で仕事の時間帯を選べる気楽な稼業と思われている (?) こともあるのでしょうか。たとえば、仕事先で通訳者を依頼する担当者だった人からも、このような質問を受けることがあります。あるときなど、夜遅く電話が鳴ったのでなにかと思ったら、「以前、通訳者としてお願いしたときにお会いした者ですが」という前置きから始まり、もう、かなり以前に社内会議の通訳者をつとめたときの担当者だった人が、そのとき私がお渡しした名刺を頼りにかけてきた電話で、海外で勉強するならどこの大学院がよいのか、相談を受けたことがありました。

また最近、日本通訳学会のホームページでも同じような質問をみかけました。もちろん、通訳者を養成する学校は日本国内にも多くありますが、外国の学校、それもできれば大学院で勉強したい、という希望をもつ人が増えてきているように思います。さて、私を含め例外はあるものの、日本で通訳者になっている人の大半は、どこかの通訳者養成学校の卒業生であることが多いようですが、そもそも日本以外の国では、通訳者になるためにどのような教育訓練を経ているのでしょうか。また、すでに社会人としてほかの仕事についている人が、途中からキャリアチェンジをするうえで、外国の通訳者養成・訓練機関に行くことは、有効なのでしょうか。卒業すれば即、通訳者としての仕事に結びつくのでしょうか。今回は、このような疑問に答えてみたいと思います。

歴史の古い欧州の通訳学大学院
私自身、1999年から目白大学大学院で通訳コースを担当することになったことから、海外の大学院でどういう通訳者教育が行われているか関心を持ち、実際に訪問調査を行いました。以後、2000年は北米を訪問し、今年はオーストラリアを予定しています。その中で、制度的な面で整っている、歴史の圧倒的な重みがある、通訳者の社会的地位が確立されている、という点で印象的だったのがヨーロッパの大学院です。ヨーロッパでは、パリ、ジュネーブ、ハイデルベルグ、ロンドン、トリエステなどの代表的な通訳者・翻訳者養成コースは大学のポストグラデュエート・コースとして設置され、通訳理論や教授法の研究もひとつの学問分野として確立しています。

日本でも、古くから講座をもっている ICU(国際基督教大学)などに加え、近年は私の勤務する目白大学大学院にも通訳研究、通訳実習といった科目が設けられるなど、だんだん数が増えつつあります。しかし、本格的な形での通訳者養成コースはまだまだ民間の通訳学校(その多くはエージェントが経営)に依存しているなど、多くの点でヨーロッパの事情とまったく違います。

また、授業料の点でも、たとえば日本語も対象言語になっているパリの ESIT (Ecole Superieure d'Interpretes et de Traducteurs) は国立であるため学費は大変安く、週に5日授業があります。訓練の密度が違いますし、1年から2年の進級試験と卒業試験は非常に厳しく、現役通訳者の試験官が明日から自分と同じブースで仕事していいと判断するレベルでなければ卒業できません。卒業試験にパスするというのは、したがってプロの通訳者としての評価を通訳業界から得たことに等しいのです。

このような本格的な通訳者養成コースが国立大学の大学院レベルで存在するのは、フランス(ヨーロッパ)の社会が通訳者を高度に専門的な知的職業として評価しており、また複数の言語をあやつる優秀な通訳者を社会が必要としているからといえるでしょう。同時通訳が第2次大戦後の裁判のあと一般に広まるにつれて、すでにこの連載で指摘されているように、会議通訳者の職業組織 AIIC が結成され(1953年)、職業全体の発展と地位向上のために通訳者養成が重視されるようになってきました。同時に、通訳理論研究の学問的価値を認めさせるような先駆的業績も数多く出てきました。こうしたことがあいまって、ヨーロッパ各地の大学に通訳者養成コースが設置されるようになったものと思われます。

社会的背景として見逃せないのは、ヨーロッパが歴史的に多民族・多言語社会として形成されてきたことです。来年、すでに単一通貨に統合されようとしていますが、ヨーロッパ連合で言語の統合は討議されていません。それどころか、EU の東方拡大につれて通訳大学院は言語の数を増やす準備に追われていました。ヨーロッパの大学院で日本語を扱っているところとしては、すでにあげたパリの ESIT のほか、日本語の通訳修士課程を1996年に開講したイギリスのバース大学が挙げられます。

アメリカの通訳教育事情
アメリカは、多民族の移民によって構成されながらも英語を共通語として国づくりをすすめたということで、言語政策はヨーロッパとはまるで異なっています。超大国として、強いドルとともに英語がどこでも通じた、ほかのところが自分にあわせてくれた、という事情もあるのでしょう。通訳・翻訳で著名な大学院としては、カリフォルニア州のモントレー大学院の通訳・翻訳修士課程がまず挙げられます。ここには、7ヶ国語のひとつとして日本語科があります。

また、修士課程ではないものの、首都ワシントンにて1949年以来開講され、多くの通訳者を輩出してきたジョージタウン大学の通訳コースが有名ですが、ここには日本語科はなく、また近年、入学者が急速に減っていて、2000年には会議通訳コースは開講されていませんでした。ちなみに、両方ともに私立大学です。

余談ながら、なぜジョージタウン大学で通訳コース志望者が減ったかについては、英語が話せてあたりまえのアメリカでは、通訳者の賃金、ひいては社会的な地位も相対的に低いということから、同じくらい高い私立の授業料を払うのであれば、ほかのプロフェッショナル・スクール(たとえばロースクール、ビジネススクール)に行きたい、という志望者が多いからと考えられます。就職に直結する、というのがプロフェッショナル・スクールの魅力である、というところから、モントレーでは就職課がたいへん熱心に卒業生の就職の世話をしているのが印象的でした。そのかいあって、海外からの留学生も数多い同大学では、通訳・翻訳課程のほとんどの卒業生が、卒業直後の時点ではなんらかの通訳・翻訳関係の職についているそうです。

オーストラリアの通訳教育事情
移住者の国、オーストラリアでは、1977年の9月に連邦政府が国立翻訳・通訳者資格公認機関(NAATI)を設立し、まず全国で統一した通訳・翻訳の水準を規定し、それからその水準にあった人に資格を与えるということが始まりました。この中には、会議通訳・翻訳だけでなく、英語が不自由な移住者が生活する上で、たとえば病院、銀行、役所などでコミュニケーションができるように援助する「コミュニティ通訳・翻訳」も含まれています。NAATI がコミュニティ通訳者の養成と資格試験に力を注いだ結果、コミュニティ通訳者の職業は専門職として認められるようになっています。

NAATI の資格認定を受けるには、試験にパスするという道のほか、NAATI が認定している大学院・大学の通訳プログラムで勉強するという方法があります。もっともよく知られているプログラムはクイーンズランド大学の日本語通訳・翻訳修士課程です。クイーンズランド大学のこの日本語通訳・翻訳修士課程コース (MAJIT) では、卒業試験として NAATI  の最高レベル(会議通訳レベル)の試験と同等の試験が受けられます。合格すれば会議通訳者として NAATI より認定されますが、全員が合格するわけではありません。修士課程の卒業試験が NAATI の試験をかねているところに MAJIT のひとつの特徴があるといえるでしょう。

まとめ
ここでご紹介した大学・大学院については、いずれも日本通訳学会ホームページからリンクのページで情報を得ることができますので、興味のある方はぜひご覧ください。結論としていえることは、通訳・翻訳プログラムの成り立ちにも、また現状にもその国や地域の文化や事情が色濃く反映されているということです。入学・卒業要件とも、プロになることを想定しているため、総じて厳しいものがあります。かならず卒業できるという保証もありません。レベルの点でも、ここに挙げた学校はいずれも語学は最初からできるのがあたりまえで、語学自体を強化するためだけの授業はありません。また通訳者としての仕事につくにしても、あくまでヨーロッパで学んだ場合はヨーロッパ市場での、アメリカならアメリカでの就職が主眼です。もし日本で通訳者の仕事をしたいと想定しているなら、海外の大学院や大学で通訳を学ぶ直接的メリットはさほど大きくないかもしれません。しかし、海外経験のない人の場合には貴重な海外生活の場が得られるというメリットもありますし、考慮に値する選択だと思います。
 

[参考文献]
鶴田知佳子・村田久美子 (2000) 「北米の通訳教育研究機関調査報告」『通訳研究』日本通訳学会設立特別号, 日本通訳学会
三浦信孝 (1995)  「言語政策としての会議通訳(上)」『通訳理論研究』第9号, 通訳理論研究会
アルク (1998)  「大好きなイギリスで通訳スキルのレベルアップをねらう」『通訳事典'99』 pp. 54-60, アルク
ビュテル延増崇子 (1996)  「ESIT における会議通訳者の養成」『通訳理論研究』第11号, 通訳理論研究会
ピーター・デービッドソン (1996)  「オーストラリアの国立翻訳者・通訳者資格公認機関とコミュニティー通訳翻訳」『通訳理論研究』第10号, 通訳理論研究会

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[執筆者プロフィール]  帰国子女の数が今ほど増える前の、いわば、はしりのころの帰国子女。1976年上智大学外国語学部フランス語学科卒業。1981年コロンビア大学経営学大学院卒業、経営学修士(MBA)。6年間のイタリア、ミラノ在住経験より、イタリア語も話す。合計およそ10年ほどの金融機関勤務を経て、1999年より目白大学助教授。現在目白大学人間社会学部メディア表現学科助教授。日本通訳学会理事(通訳教育分科会担当)。NHK衛星放送通訳者、CNNニュース同時通訳者、会議通訳者。近年は実践に役立つ通訳教育法の研究に関心を持っている。
 


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