Last updated: November 20, 2001

『通訳・翻訳ジャーナル』 2002年2月号

日本通訳学会特別企画
通訳の世界を広げる
現代通詞考

第10回 放送通訳の世界

水野 的 (みずのあきら)
放送通訳者
日本通訳学会理事
 

はじめに
放送通訳が定着してすでに10数年が経過したが、今年9月11日のアメリカでの同時多発テロで再び放送通訳への関心が高まっているようだ。テレビでの通訳(同時通訳)が最初に注目されたのは 1969 年のアポロ 11号の時だがその後はテレビニュースの通訳はごく限られたものだった。しかし1987年に NHK で衛星放送の試験放送が始まり、1989年6月に本放送が始まるとテレビニュース番組の数は一挙に増え、それにともない通訳者と翻訳者の需要も大幅に増えた。これは NHK-BS1 が海外放送局制作のニュース番組を、通訳者の日本語訳をつけて放送するという形式を採用したためである。そして衛星放送の発足がたまたま世界史的激動期と一致し、1989年の天安門事件やベルリンの壁崩壊、そしてとりわけ1991年の湾岸戦争を契機に、放送通訳という分野が脚光を浴びることになった。現在では NHK-BS1 での放送のほかに、CS やケーブルテレビで CNN International や BBC World Service(そして CNBC, NBC などの一部)が日本語の通訳つきで視聴できる。NHK-BS1 ではロシア語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、中国語、韓国語など英語以外の言語のニュース番組も日本語の通訳つきで放送されている。

放送通訳とは何か
放送通訳にはいくつか種類があるが、最も多いのは「時差通訳」という形態である。時差通訳とはビデオに録画したニュースの素材を、通訳者が短時間の準備の後に通訳するものを言う。そして今回の同時多発テロなどの突発的な大ニュースなどに使われる「同時通訳」があり、その他時差通訳と同時通訳の中間的なもの(「セミ同通」という)もある。逐次通訳は少なくとも英語の場合はほとんど見られない。現在活躍している放送通訳者の中には会議通訳者(一般的な意味での通訳者)も含まれるが、放送に特化した通訳者も多い。

放送の同時通訳の場合は会議通訳の応用と考えることもできるが、時差通訳になるとそれだけではカバーできない特徴を備えている。ひとつは素材がニュースであるため、短時間のうちに幅広い分野のトピックスを扱わなければならないことだ。放送通訳には会議通訳のような専門性はないが、通訳者はどんなニュースにも即座に対応できるだけの背景知識や雑学的知識を備えておくことを要求される。また原文の文章構成にも独特のものがある。たとえば It proclaims war on terrorism, but does little "to protect our people from occupation, terror, and ethnic cleansing practiced by Israel." という文の前半はレポーターの発言であるが、後半を実際に発言しているのはアラファト議長であり、映像もアラファト議長になっている。こういうことはごく普通に行われる。しかし、放送通訳と会議通訳の最大の違いは、放送通訳がマスコミュニケーションであることだ。放送通訳の視聴者数は桁違いに多くなり、大事件の時にはおそらく数千万人という数に達するだろう。そして放送通訳は放送ジャーナリズムと同一の制約下におかれる。また放送通訳のうち時差通訳は通訳と翻訳の中間的形態であり、やはり独自の技術的課題がある。こうした条件は理論的にも実務的にも、放送通訳者に新しい課題を提起することになる。

放送通訳の技術
放送通訳が一般視聴者を対象とする一方的なマスコミュニケーションであることは、技術的には (1) 語彙(言葉の選択)、(2) 訳文、(3) デリバリー(話し方)の面で、「分かりやすさ」「聞きやすさ」が求められることになる。これはアナウンサーやレポーターと同じである。

まず語彙では次のような約束事がある。
1)  難しい言葉はできるだけ使わずにやさしく言いかえる (過日→さきごろ、極度に→ひどく、設置する→設ける、隘路→障害など)
2)  同音異義語、類音語、類義語に注意する (たとえば放送では「約」は使わず「およそ」とする。「約50」が「150」と紛らわしいからだ)
3)  略語の処理 (「NATO、北大西洋条約機構」「NTSB、国家運輸安全委員会」「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」のように一度スペルアウトする)
4)  定訳を使う (Chairman of the Joint Chiefs of Staff →統合参謀本部議長、the West Bank → ヨルダン川西岸など)
5)  差別的な言葉や下品な響きの言葉は使わない
6)  日本語の読みに注意する (大地震→おーじしん、明日→あす、早急→さっきゅう)

訳文も放送の文章の規範に従う。つまり一般の通訳にくらべて訳文の完成度への要求が厳しい。具体的には
1)  聞き手が理解しやすい、聞きやすい訳文を作る、
2)  長い修飾語句や文を避ける、
3)  自然な語順を心がける、
4)  助詞の省略や体言止め(名詞止め)をしない、
5)  受身表現を多用しない、
などである。

デリバリーでは発声のしかた、イントネーション、アクセント、言葉の「持ち上げ」(助詞にアクセントがつくこと)、スピード、ポーズの置き方、声質など、やはりさまざまな要請がある。アナウンサーと通訳者を区別しない視聴者が多いので通訳者にもできるだけアナウンサーに近いデリバリーが求められるのである。

他にも注意すべき点がある。それは原文にある attribution、つまり情報ソースを省略せずに訳すこと (たとえばKnowledgeable sources say . . . なら「消息筋によると」)である。これは視聴者にニュースの信頼性の度合いを判断する材料を与えるためだ。情報源が匿名の電話(=信頼性が低い)であればそのことを明示しなければならない。また原文の確実性の度合い(断定を回避しているのか、一般的な認識なのか、推測なのか)も再現しなければならない。いいかえればwould, could, will, may, might のような助動詞、reported(ly), alleged(ly), apparent(ly) のような形容詞(副詞)表現にも注意するということだ。さらにテレビニュースが音声と映像で構成されているため、通訳者は原文が映像と対応している場合には訳文を映像に合わせなければならない。発言者が短時間(1秒から数秒)で切り替わるような場合、タイミングよく訳さないと画面に映っている発言者とは別の人物の発言を訳しているということになりかねないのである。単語ごとに映像が替わったりするときは特に注意が必要になる。

世界の放送通訳
世界初の放送通訳は1934年に Andre Kaminker がラジオで行ったヒットラーの演説の同時通訳であると思われる。現在放送通訳は、ヨーロッパ(特に北欧)や韓国、台湾などでも行われている。しかしヨーロッパの放送通訳 (media interpreting と言われる) は、今回のテロ事件や湾岸戦争などの突発的大事件やアメリカ大統領選挙のディベート、就任演説などの同時通訳、スタジオにゲストを呼んでインタビューする場合の逐次通訳が中心で、日本のような時差通訳はない。ドイツではエンターテインメントやスポーツ番組にまで通訳者が使われるが、オーストリアでは時事番組とニュースが大部分であるなど、国によって事情が違う。アメリカでも最近 PBS や ABC がニュース番組にスペイン語訳をつけるようになっている。

放送通訳のインパクト
ヨーロッパの代表的な放送通訳者であり、会議通訳者でもある Ingrid Kurz は、ヨーロッパの放送通訳者に要求される技能と資質について、「メディアは通訳者と翻訳者とエディターの能力を兼ね備えた人材を必要としている」として、今後は「通訳者兼ジャーナリスト」のような人材が要請されるだろうと書いている。放送通訳者とは、ジャーナリストではないにしても、ジャーナリストと同じような問題関心を持ち、同じような制約の下に置かれる存在なのである。放送通訳の10年以上の経験は、会議通訳の仕事を兼ねる通訳者を通じて会議通訳にも影響を及ぼし始めているようだ。ジャーナリスティックな関心を持つことによって時事的な知識が蓄積され、それが会議通訳の場面で役に立つとともに、「分かりやすく、聞きやすい通訳を」という放送通訳の規範が会議通訳にも持ち込まれる。いわばメディアが通訳のあり方にインパクトを与えているのである。

おわりに
放送通訳者の養成は NHK情報ネットワーク国際研修室をはじめ、2, 3 の通訳学校で行われている。すでに訓練を受けた多くの通訳者が育ってきている。なおここまでは外国語から日本語への通訳という意味で放送通訳という言葉を使ってきたが、番組の数は少ないものの NHK と TBS が日本語から英語への放送通訳も行っていることを付記しておきたい。

放送通訳を扱った単行本や研究は以下のようなものがある。

木佐敬久 (1997) 『「放送通訳の日本語」受け手調査と話す速度の研究』(文部省科学研究費による研究「国際社会における日本語についての総合的研究」)
BS放送通訳グループ(1998) 『放送通訳の世界』(アルク)
小栗山智(1999) 「放送通訳の訳出率-同時通訳と時差通訳の訳出率の比較研究」(輔仁大学修士論文)
岡野光津子(1999) 「「放送通訳」における情報の選択性―「重要性」の観点からの分析」 (大阪大学大学院修士論文)
柴田実・最上勝也・塩田雄大(1999) 『ニュースの英語放送通訳に関する調査報告書-在日外国人にどう受けとめられているか?』 (文部省科学研究費による研究「国際社会における日本語についての総合的研究」)
宮畑一範(2000) 『同時通訳における情報フローの認知言語学的検証』(平成11年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))研究成果報告書)
Yves Gambier & Henrik Gottlieb (eds.) (2001) (Multi)Media Translation (John Benjamins Publishing Company)
 

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[執筆者プロフィール] 東京外国語大学外国語学部ポルトガル語学科卒業。インタースクールで通訳を学び、現在 NHK 放送通訳者として活躍中。日本通訳学会事務局長。大東文化大学大学院非常勤講師(経済通訳論)のほか、NHK 国際研修室やインタースクールなどでも講師を務める。著書に『放送通訳の世界』(共著)、『英語リスニング・クリニック』(共著)があり、通訳に関する論文も多数。
 
 


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