Last updated: October 24, 2001

『通訳・翻訳ジャーナル』 2002年1月号

日本通訳学会特別企画
通訳の世界を広げる
現代通詞考

第9回 英語教育と通訳教育の接点

田中深雪 (たなか みゆき)
フェリス女学院大学・立教大学 講師(非常勤)
日本通訳学会 教育分科会世話役
 

はじめに
日本での通訳教育は職能訓練として民間のスクールを中心に展開されてきました。その後、英語教育の場でコミュニケーションに重きを置く指導が導入されたこともあり、大学でも「通訳講座」が次々に開設されてきました。大学における通訳教育はプロの通訳者養成を主目的とはせず、また一般の英語教育とも異なっています。しかし最近では、受講生の外国語運用能力そのものをアップするために積極的に通訳訓練を利用していくという傾向が見受けられます(注1)。では、実際にどのような通訳訓練法が使われているのかをご紹介していきたいと思います。

通訳訓練を利用した語学の練習法
ひとくちに大学の「通訳講座」と言っても、受講生のレベルもまちまちで、語学力たん能な帰国子女から基本的な語学運用能力を備えていない受講生を抱えているところまであります。受講者数も小人数から 100人をはるかに超えるクラスまでありますし、同時通訳施設が整っている教室から、カセット機しかないところまで実に千差万別です。当然そこで用いられるアプローチも練習法も多様ですが、ここでは取りあえず通訳訓練法を基礎、中級レベルとその応用例に分けてみました(注2)。

基礎レベル
初めて通訳講座を受講する学習者を対象としたクラスで導入として使われることが多いのは、単語やフレーズの「クイックレスポンス」と「シャドーイング」です。「クイックレスポンス」は、音声教材などを用いて、聞こえてきた語句の訳を即座に出す練習法です。受講生の多くが苦手とするテクニカルタームや数字などの練習に用いると効果的です。「シャドーイング」は、同じく音声教材を用いて、聞こえてきた文章をそのまま繰り返していく練習です。これはリスニングに役立つだけでなく、アクセント、イントネーションなど英語の音感そのものを養うのにも有意義とされています。そのほかにも、聞こえてきた内容を自分の言葉で表現する「パラフレージング」練習、同様に要約する「サマライゼーション」練習、一時的に記憶して再現する「リテンション」練習などがあります。これらの練習はどれも大掛かりな機器がなくても可能です。また、ペアワークやゲーム形式で行なうことも出来るため、授業のウォーミング・アップや口慣らしとして利用されることもあります。用いる教材の内容やレベルを調整することにより、他のレベルの受講生にも応用が可能です。

中級レベル
受講者が基礎レベルの練習を難なくこなせるようでしたら、通訳手法である「サイトトランスレーション」や「逐次通訳」などの練習を行います。「サイトトランスレーション」では、まず原稿の意味のまとまりごとにスラッシュを入れ、このまとまりを頭から順送りで声に出して訳出していきます。この手法では、文の細部まで正確にすばやく把握し、しかも聞いている人に分かりやすい訳を提供することが求められます。当然、一般のリーディング力のアップにも役立ちます。次に「逐次通訳」ですが、これはメモを取りながらスピーカーの発言内容を聞き取り、それをある程度の区切りごとに訳す手法です。練習も、まずは発言のポイントを確実に押さえることからはじめます。また、メモ取りは、一般の英語学習で使われているディクテーションとは違って、あくまで記憶の補助として行います。訳出の際は直訳ではなく、聞いている人を意識した訳が求められます。これらの練習法を通じて、集中力、聞き取る力、意味を把握する力、訳を工夫する力などが養えます。これらは、一般の英語学習においても大切な要素であることは言うまでもありません。この様に通訳訓練法を利用した語学練習法は多くあり、レベルを変えて広く各大学で使われています。

応用例
ひととおり「サイトトランスレーション」や「逐次通訳」、さらには「同時通訳」まで学んだ受講生を対象に、通訳のロールプレイやシュミレーション練習を行います。ここでは、スピーカーと通訳に分かれて実際に通訳を体験してみます。受講生にとっては、通訳に必要なプレゼンテーションの仕方やパブリック・スピーキングのノウハウを学ぶ場ともなります。応用として、このような練習をさらに発展させ、諸外国からさまざまな文化・専門分野のゲストスピーカーを招いてその逐次通訳をグループで担当するという授業もあります(東海大学・小沢初恵氏担当)。また、受講者に模擬国際会議を行なわせるという積極的な試みを行なっている講座もあります(国際キリスト教大学・本郷好和氏担当)(注3)。

まとめにかえて
以上、日本の大学の「通訳講座」で通訳訓練法がどのように利用されているかをご紹介しました。さて、このような「通訳講座」の数は増えこそしましたが、問題が全くないわけではありません。実際、どのような内容を誰がどんな形で教えるのか、教材は何を使えばいいのか、人数が多いクラスやマルチレベルのクラスをどう運営していくのかといった問題を始めとして、評価法や、その教育的効果についてさえも、まだまだ解明されていない点があります。その上、担当教員間の情報交換の場さえ限られており、一部ではむしろ手探り状態にあるといっても過言ではないと思います。そういった状況を少しでも変えたいと、通訳教育に関心がある者が中心となり、日本通訳学会の中に通訳教育分科会を立ち上げました(注4)。ここでは通訳教育に関するさまざまなテーマを発表したり、情報や意見交換を行っています。毎回、大学や短大などで通訳訓練法を用いた外国語教育に携わる人だけでなく、民間の通訳スクール関係者や大学院生も参加しています。このような会の活動を通じて、英語教育と通訳教育の接点としての役割を担っているとも言える通訳訓練法を用いた教育に、より多くの人が関心を持っていただけたらと願います。


1)  詳細は以下の文献を参照下さい。
鳥飼玖美子 (1997) 「日本における通訳教育の可能性―英語教育の動向をふまえて」『通訳理論研究』 第13号 通訳理論研究会
鳥飼玖美子(2001) 「通訳と通訳訓練法」 『通訳者・翻訳者になる本2002』(イカロス出版)
2)  通訳訓練法の解釈や定義には諸説があり、さらに通訳者養成を目指さない訓練が厳密な意味で通訳訓練法といえるのかといっ た点でも議論がありますが、取りあえずここでは便宜上「通訳訓練法」と称しておきます。なお、詳細は以下の文献を参照下さい。
染谷泰正(1996) 「通訳訓練手法とその一般語学学習への応用について」 『通訳理論研究』第11号 通訳理論研究会
3)  詳細は日本通訳学会ホームページ(http://www.jais-org.net)の通訳教育分科会のコーナーを参照下さい。
4) 同上。
 

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[執筆者プロフィール] 九州大学文学部英語学・英文学科卒業。ボストン大学ESL/Certificate Course 修了。コロンビア大学ティチャーズ・カレッジ修士課程修了(英語科教授法、TESOLにて修士号取得)。ボストン・チルドレンズ・ミュージアムの東アジア部門学芸スタッフとして展示・教育・通訳業務に従事。その後各種会議通訳を務める。現在はフェリス女学院大学文学部および立教大学観光学部の非常勤講師として「通訳法」の授業を担当。日本通訳学会通訳教育分科会(SIG)の責任者。
 


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